『オーストラリアに来て3か月・・・日本を見て、ふと思うこと・・・。』

『人生の自由研究』へようこそ。



仕事を辞めて半年、そしてオーストラリアに来て早いもので3か月が経ちました。

こちらは冬で日本は夏・・・。

時々、TwitterやFacebook等で日本の情報が入ってきますが、“時間の流れ” が違いすぎてスゴく不思議な感覚ではあります。

(日本の忙しない時間の流れからすると、こちらはゆっくり流れている感覚です)


あ・・・先に書いておきますが、これから書くことはあくまで “個人的意見” であります。

お気に召さない方はどうぞスルーして下さいね。



さて・・・ここ最近、妻と話すのはもっぱら、

『日本に居ると大変だね・・・』

とか

『日本は大丈夫かな・・・。』

とかの会話が出てきます。


そう・・・自分たち家族は “日本での全ての柵(しがらみ)” を捨ててここに来ました。

日本の “固定概念”“考え方” からの解放・・・。

勿論、オーストラリアにもオーストラリアなりの『考え方』とか『ルール』は存在しますよ。

ですがこっちは、日本の様に四方八方から “ガチガチ” に縛られている感じではありません。

最低限のルールが決められていて、それ以外は自己の判断に任せている感じがするのです。



そしてそれは教育の場でも窺い知ることが出来ます。

自分たち家族がこのオーストラリアに来たもう一つの目的は、日本には少ない『自由な教育の場』で息子に学んでもらうためでもあります。

先にも書いたように既に3か月が経ち、息子もオーストラリアの学校にだいぶ馴染んできました。

英会話も理解出来てきたみたいで、少しずつコミュニケーションが取れてきている様であります。


オーストラリアでの学校の様子を見ていると、幾つか日本の学校との決定的な違いがあるのに気が付きます。


① 小学生の通学は必ず親が同伴する。

行きも帰りも必ず親が同伴する決まりになっている。

② 通う学校を自由に選択できる。

日本の様に決まった校区が無い。レベルの高い小学校は入学試験があり、入学条件も厳しくなる傾向にある。

③ 小学校は基本的に“遊ばせる教育”

勉強よりも遊びの中で学ぶことを重視している。

④ 基本的に教科書が無い

日本の様な教科書に沿ったカリキュラムがない。担当の先生が独自に教育メニューを設定する。ペーパーレス化も進んでいて、タブレット端末を導入している学校もある。

⑤ グラウンドには芝生が張られている。

どこの学校もグラウンドは綺麗に芝生が張られている。ラインは一切引かれておらず、自由に運動できるようになっている。

なかには柵すら設けておらず公園と見分けがつかないグラウンドもあるくらい・・・。

当然、放課後や休日は自由に使えます。


👇 家の近所の小学校のグラウンドです。自由に出入りできる公園のような場所です。


上に書いてあるだけでも、だいぶ日本と違うのが分かると思います。

更に息子の通っている語学学校は、


◎授業内容がかなり自由(工作や映画鑑賞で一日終わってしまう時がある)

◎休憩時間に家から持ってきたおやつを食べられる。

◎宿題がほとんどない。

◎上級生クラスはカフェスペースがあり自由にコーヒーが飲める。昼休みに外にランチを買いにも行ける。


どうですか?

日本では考えられないですよね。



『自由の学びの場』『自由に個性を伸ばす教育』を受ける・・・。

ある意味、最も日本で必要であるはずなのに、日本の学校に最も欠落している要素・・・。

“社会のルール” を守らせるためにマニュアル通りの教育を押し付ける日本の教育・・・。


・・・確かにルールは大切であると思います。

しかし、物事の本質を理解せずにルールばかりを押し付ける教育は如何なものか・・・。

人間としての “考え方”“知識” を教えるべき教育の場で、マニュアル通りのルールや教科書に書いてある事だけを教える教育になってしまってはいないか?



自分はオーストラリアに来て思うことがある。


『ただマニュアル通りの教育を受けた “人間” と、プログラミングされた “機械” とで何の違いがあるのか・・・?』


もはや。人間である必要性すら感じられない・・・。


何度もこの場で、殆どの日本の学校は『社会で即戦力になる兵士を大量生産する場』である・・・と書いています。


言葉は悪いかもしれませんが、あえて言わせていただくと

『社会順応養成収容所』

であると言えます。


👇 Twitterで見かけた風刺画であります。まさに今の ”教育そのもの” を書き表していると思います。

自分たち家族は、この絵のような ”木彫りのロボット” になってほしくはなかったのです。

勿論

「そんな事は無い・・・」

と思う方もおられるでしょう。

しかしながら自分の息子は、その『社会順応養成収容所』“不適合者” のレッテルを張られてしまったのです。


先にも書いてある通り、海外の学校では殆ど『教科書』が存在しません。

それは先生と一緒に “自分で考え”“自分で学ぶ” ためでもあります。


それに対して、日本の教科書は文部省が内容を精査した物しか使えないと言う事実・・・。

そう・・・日本の教育は、日本の教育機関が作った『教科書』という “マニュアル” が無ければ、もはや成り立たないのです。


それは社会に出ても同じであります。

“マニュアル” に沿った教育を経て、“ルール”に則り仕事をする。

最も生産性の良いやり方・・・そこに “感情”“個性” は全く必要ありません。



自分が日本に居た時、そしてオーストラリアに移住してからも “日本の教育” に対しての “疑問符” は絶えず耳に入ってきます。

日本の中に蔓延する “マニュアル”“ルール” による『洗脳』・・・。

それを疑問に思いつつも、そこから抜け出せない人たち・・・。

そして耳を塞いでも、なお入ってくる日本からの声・・・。


しかしながら自分には、このブログを通じて自分の考えを投げかけるしか手段がありません。

無駄な努力と考えつつも、これからも『海外から見た日本の姿』として書いていきたいと思います。


👇以前書いたブログです。気が向いたら覗いて見てください。

※あえて少し古い記事も載せています。ご了承ください。

『人間らしい生活』とは何ぞや・・・。(その2)

『学校教育』とは何かを改めて考える・・・。

【 学校教育に物申す・・・!

【 会社のルールは誰のため?




では、また (=゚ω゚)ノ

jinseino-jiyuukenkyû

普段の生活の中で気が付いた、”自由” になるためのヒントを綴ったブログです。

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