『普通』と『普通じゃない』って何・・・?

『人生の自由研究』へようこそ。


さて、昨日の続きから書きたいと思います。

昨日職場で、同僚とこんな話しになりました。 

自分が『今年限りで退社する』という話して、それを聞いた同僚がこう言ったんです。  


「この仕事を辞めるって言うことは、“諦めた” ってことですよね?この会社で通用しなければ何処言っても通用しませんよ。」 

「松木さん(仮)は “普通” じゃないから、そんな ”冒険” ができるんですよね。僕たち “普通” の人は、”普通” の生活しか出来ないんですよ。」 

「松木さん(仮)は、そうやって “逃げられる” から良いですよ。僕たちは “逃げられない” からここしか居る場所が無いんですよ。」  


・・・・これを聞いて自分は、(こいつは何をそんなに苛立っているんだ?)と感じました。 

・・・・ “普通じゃない” ってなんだ?・・・そもそも “普通” ってなんだよ。 

・・・・“逃げられる”ってなんだ?・・・べつに ”逃げてもいい” じゃん?

いろんな疑問が沸いてきました。


自分は思いました。

確かに、何かの物事を自分に理解しやすいように、“グループ分け” したり “線引き” するのは仕方の無いことだと思います。

自分も少し前までは『世間一般の考え方』の持ち主は “普通の人達” 、そこから逸脱した『考え方の違う者たち』を “普通じゃない人” あるいは “変わり者” と勝手にグループ分けしていました。

そして自分も “普通じゃない人” と分類していました。 

これもある意味、間違いではないと思います。

 自分もだいぶ “異端児” 扱いされてきましたから・・・。  


しかし、いろんな人達の話しを聞いているうちに、少し違うんじゃないかと思い始めました。

ただ単に『生きる世界』が違うだけなのです。

生きる世界が違うから、考え方が違うだけなんです。 これからどんどん『生きる世界』が細分化されていくと聞いています。 

それに伴って考え方や、生きていく方法も多様化していくでしょう。  

もう単純に “普通” と “普通じゃない” だけでは判断できないのです。


以前にも書きましたが、人生に “選択肢” は多いほうが良いと考えます。

自分は “普通” だからと決め付けて、生きる世界を狭めるのは非常にもったいないです。

その同僚に言う “普通の世界” が、彼にとって居心地の良い場所ならいいでしょう。

しかし残念ながら、彼の言葉からはそれは感じ取れませんでした。

自分にとって “違和感” や “モヤモヤ” を強く感じたならば、それを探すのも良いと思います。 それを探すことすら止めてしまった時こそが、“諦めて逃げてしまった時” だと自分は思うのです・・・。 


今ある現状が自分の目指す ”真の姿” と違うから、求める世界に ”シフト” しただけなんですからね・・・。



では、また (=゚ω゚)ノ

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